みたまのふゆ

みたまのふゆ【恩頼】
“神または天皇を敬って、その威力・恩恵・加護をいう語。”引用元:goo辞書

この言葉と出会ったとき、はるかいにしえの記憶がうっすらと蘇る。
日本人として、人として大切ななにかが、この言葉の向こうにあるような気がして。
その答えを求め、花火の原料(硫黄・松煙)の源流へと遡るたびに出ることにした。

古の記憶を辿る

松煙の材料である赤松の古木は、静かにそこに存在した。
誰にも見向きもされず、ただただ時を重ね、古の記憶を刻んでいく。

小割にした原木は、枯れ果てたその姿からは想像できない程の重みと、どこか懐かしい松脂(まつやに)の香りが漂う。

10kgからとれる煤はわずか500g。
じっくりと時間をかけ、原木を焚き続ける。
障子の隙間から見える赤褐色の炎は3~40年の記憶をよみがえらせながら新たな命へと繋いでいく。

モノの命を余すとこなく使い尽くす。

「循環」という先人達の知恵は、自然の営みの中で生かされていることを実感させてくれるもの、なのかもしれない・・。

硫黄の源流へ・・・

ゴツゴツとした山肌、立ち上る噴煙、そこに硫黄の原石がある。

無数に広がる噴煙口からは、地球の活動が垣間見え、山肌の暖かさからは大地のエネルギーを感じとることができる。
その迫力から自分がいかにちっぽけな存在であるか、畏敬の念を持たずにはいられない。

キラキラと輝く黄色の原石は私たちの心を魅了する。
「黄色いダイヤ」と呼ばれる所以がここにある。
自然の持つ造形美は美しい。そして尊い。

いつかこの花火を打ち上げる時がきたら まずは、地球の営みへの「感謝」を捧げたいと思う

私は自然の恵みから頂いた原料(物質的なもの)=「みたまのふゆ」から花火を作り 「みたまのふゆ」という言葉を伝えようとしました。
しかし、旅の途中で目にし、そのものに触れ感じたことは、
「みたまのふゆ」=物質的なもの、だけではなかったということでした。

火や煙、匂いも音も、枝や草花も、硫黄から滴れ落ちる水滴も、差し込む陽の光の優しささえも、その一つであると。

まだまだ旅は終わらない、

紙をつくり、塩硝を生み出し・・「循環」の中から生み出された花火を打ち上げた時、人間も自然も、あらゆる森羅万象が、「一つ」であること、そして「みたまのふゆ」の言葉の真意を、知ることができるのかもしれない・・・。